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ひきこもりと「絶望」について

「絶望」という言葉は、あまりいいイメージで使われることはありません。

 

辞書を引いてみると「希望を全く失うこと」「望みが絶えること」とされています。

 

しかしながら、私は絶望とは「自分を受け入れるための最後の段階」と捉えています。

 

この図は、ひきこもりになった人が、就学や就労について考えられるようになるまでのプロセス図です。

 

 

ひきこもりが始まったばかりの頃は、食欲も落ち、睡眠リズムも乱れます。

それまで好きだったことにも取り組むことができなくなります。

 

 

やがて学校を辞め、仕事を辞め、ひきこもりが本格化していきます。

 

 

 

社会や政治、同級生や学校の先生、

そして親に責任を転嫁する発言をしたお子さんは

やがて「絶望期」に入ります。

 

 

もう自分はダメだ

今更やっても遅い

社会不適合者だ

 

 

そのような思いになり

自暴自棄になります。

 

ただこの絶望期はとても重要なものです。

 

 

どうしてか?

 

 

それは「現実を見ることができているから」です。

 

 

 

他責的な発言が多かったお子さんが

他者に責任を委ねるのではなく

自分の課題として捉えるようになります。

そのときに、現実を知ります。

 

 

 

このままだったら自分は周りに取り残される。

もう社会の一員になることができない。

 

 

 

こう思えるは現実に目を向けられるようになったからです。

 

 

 

大きくステップするためには

一度しゃがみ込む必要があります。

 

 

 

絶望期は「一度大きく沈む」時期です。

そしてこの時期を乗り越えた後に

「安定期」を迎えるようになります。

 

 

 

安定期は、暴力や暴言がなくなり、

家事などを行うことで、落ち着いた生活ができるようになる時期です。

 

 

 

落ち着くためには

一度大きく落ち込む道を通ることになります。

現実を知れば知るほど落ち込みます。

ただそれは「逃げていないからできること」なのです。

 

 

 

絶望しないことが大事なのではありません。

絶望のあと、それを受け入れ、

乗り越えていくことに意味があります。

 

 

 

この時期は、じっと寄り添うことです。

無闇な励ましも要りません。

お子さんの思いを聴き、受け入れることで十分です。

聴いてもらえることで、

お子さんは「自分の居場所」を感じられるようになります。

その家庭の中で「安心して落ち込める」ようになります。

 

 

 

お子さんから「自分はもう終わった存在だ」という言葉が出てきたとき

お子さんは現実の壁に直面しているときです。

 

 

 

そんなときこそ、お子さんの話に耳を傾けてください。

じっと聴いてください。

否定せず、受け入れてください。

 

 

 

自分の思いを受け止めてくれる人がいたら、

お子さんはきっとこの状態を乗り越えます。